地域おこし協力隊の3年間について総まとめ

地域おこし協力隊

こんにちは!
2023年5月から2026年3月までの3年間、沼津市地域おこし協力隊として活動をしていた、今田隼輔と申します。

任期中の2025年4月に「かんきつ商社Aquamarine(株)」を設立、静岡県沼津市の西浦地区に果物ジュースの加工施設を立ち上げました。
任期終了後は、この加工施設の事業をメインに活動しています。

この記事では、私の地域おこし協力隊としての3年間の活動内容について、全てを余すことなく書き残したいと思います。
誰か1人でも、「参考になったな~」「面白かったな~」と感じてくれることを願って…。

協力隊1年目(23年5月~24年3月)

23年5月~7月

私は元々、沼津市には縁もゆかりもありませんでした。
東京の大学を卒業後、地元愛知県にある自動車製造業の会社に就職。
事業戦略の立案やプロジェクト統括業務に携わっていました。

それから結婚を機に、自然豊かな環境の中で暮らしたいと考えるようになり、私と妻それぞれの実家の中間地点にある沼津の風光明媚な環境に一目惚れ

駿河湾越しの富士山を望む絶景

そして、「どうせ移住・転職するのであれば、地域に新しい活力を生み出せるようなチャレンジをしてみたい」と思い、タイミングよく募集がかかっていた地域おこし協力隊に応募

ありがたいことに採用していただき、「地域産品を活用した商品開発・販路開拓」というミッションで、2023年5月から活動を始めました。

…とはいえ、縁もゆかりもなかった沼津。
最初は沼津の各地域を訪れながら、活動の軸をどうするか考える日々。
農家でもない、お土産屋さんでもない自分が、地域産品を通してできること…。
最初の3ヶ月をかけて考え抜いた末、最終的に「地域商社」をコンセプトに決めました。

考えていたビジネスモデル

23年8月~10月

「地域商社」として何をするか?
私には1つ、沼津に来てから心に残っている出来事がありました。

それは、畑に大量の柑橘類が捨てられている光景。
これまでの人生で、農業のリアルな現場を見たことがなかった私は衝撃を受けました。

中身がおいしくても、見た目が悪かったり、傷が付いているものは流通に乗せることが難しく、少なからず捨てられてしまうものがある現実。

規格外品のみかん

この気付きから、「”もったいない”をアップサイクルする」をコンセプトに、規格外品を活用した商品開発に取り組むことを決意。
地域の特産品である、西浦みかんを使った商品開発(コンセプト/設計等)に取り掛かりました。

自分だけでできることには限界があるので、委託加工先を複数見学させていただきながら、アイデア性と実現可能性を両立できる商品を探りました。
静岡県内だけでなく、山梨県や長野県、埼玉県といった県外の加工業者にもアポを取り、とりあえず自費で視察に行っていました。

23年11月~24年1月

いくつか加工業者を見させていただき、意外と商品を作ること自体はハードルが低いことが分かってきたものの、とりあえずできそうなモノを、ただ作るだけでは絶対に売れないし、面白くない。
どういうコンセプトで、どんな人に喜んでもらえる商品にするべきか

日々うんうん悩んでいる中で、キッカケに出会ったのはとある友人の結婚式でした。
お酒が飲めない人たちから、「シャンパンで乾杯できるのってなんかオシャレで羨ましいなあ」と言われた時。
(確かに…めっちゃ高級感あるノンアルコールドリンクがあってもいいじゃん!)と思い立ち、「ノンアルコールの最高峰」を生み出そうと決意。
みかんストレート果汁100%スパークリングの開発に乗り出しました。

原料みかんの調達、委託加工先との生産調整、商品ラベルの作成…。
始めてのことばかりでずっと手探りでしたが、なんとか24年1月に加工先で商品の仕込みを行い、初期費用50万円で1,000本のスパークリングドリンクを完成させることができました。

「Mikan de Nishiura non-alcoholic Sparkling」

24年2~3月

商品の完成後、販路開拓の営業活動を実施。
地域おこし協力隊として沼津に来てから1年近くが経ち、少しづつ私のやりたいことや活動内容が認知されてきていたのか、たくさんの方々が「あそこ紹介してあげるよ!」「あのお店行ったら面白いんじゃない?」と声をかけてくださり、数珠つなぎのように様々な事業者様を訪問させて頂きました。

このみかんスパークリングドリンクは3月上旬に正式リリースしましたが、リリース時点で15店舗ほど販路を作ることができ、地元の方々の優しさ、暖かさに涙が出そうになったのを覚えています。

協力隊2年目(24年4月~25年3月)

24年4月~6月

文章でまとめると、ここまですごくスムーズに商品開発ができたように感じられますが…。
実際には困りごとの連続で、課題だらけの商品開発でした。

中でも最も課題意識を感じたのが、ジュースやジャムの委託加工を受けてくれる製造元が、沼津市の位置する静岡東部エリアには存在しなかったこと

加工業者が1社もないわけではなかったのですが、既にキャパが無かったり委託加工を受けていなかったり…。
加工品を作るためには県外まで原料を輸送する必要がありました。

この「輸送」の大変さがシャレにならない。
まとめて輸送しないと輸送費に利益が食いつぶされるし、かといってちんたら原料を集めていると、どんどん腐っていってしまう。
運送業者さんに依頼したら、原料ごと段ボールが潰れた、なんてことも…。

最終的にはハイエースをレンタルして原料を積み込み
委託加工先まで深夜運んだりしました

このやり方では、生産量を大きく増やすことはできない。
商品開発のコンセプトだった「”もったいない”をアップサイクルする」をより推進するためには、そもそも近場に加工施設がないといけないのでは…。

ということで、地域おこし協力隊の任期中に、100kg単位の小ロットで農作物の加工が可能な製造施設を立ち上げることを決意しました。

とはいえ、もちろん知識もノウハウもない状態。
ネットで見つけた設備メーカーに問い合わせの電話をしたり、アポなしで保健所に営業許可についての話を聞きに行ったり、とにかく手探りで情報を収集していきました。

また、それらと並行して、加工施設として使えそうな空き物件がないか、地元の方々に聞きまわっていました。

24年7月~9月

数か月ほど空き物件を聞きまわっていたある日。
数年前までお豆腐屋さんだった空き物件があると聞き、中を見学させていただくことに。
築60年ほどが経ち、改修工事が必要な状況ではありましたが、(任期中にこれ以上の物件を見つけるのは難しいかもしれない…)という半ば直感もあり、24年8月に賃貸借契約を結ばせていただくことにしました

見学時のお豆腐屋さん

その後は、この物件に合わせてPowerPointで手作り図面を作り、保健所にお伺いを立てに行ったり。
最初は保健所の方も「う~ん…難しいのでは…」という反応でしたが、何度か通って改善案を相談させていただき、だんだんと「これならいけるんじゃないですかね、、、」という感じになっていきました。

この頃の手作り図面

また、この時期はジュース以外の商品開発も色々と試作していました。
代表的なものだと、ジャムやマーマレード、ゆずこしょうなど。
生産効率、採算性、その他もろもろの理由で商品化には至りませんでしたが…。
将来的に商品化させたい気持ちは今も無くなっていないので、色々と試作する時間を取っておいてよかったな、と思っています。

24年10月~12月

この時期は、空いている時間の多くを物件の残置物撤去に費やしました。
記憶を遡っても、埃にまみれていた時間ばかりが蘇ってきます…。

残置物を撤去する前の写真

1つトピックとしては、静岡県主催の地域おこし協力隊支援事業として、静岡銀行様による伴走支援企画がありました。
応募・選考型の企画でしたが、ありがたいことに私はこの企画に参加させて頂くことができ、10社を超える事業者様とのビジネスマッチングを支援していただきました。

協力隊1年目で開発したみかんスパークリングドリンクを、2年目以降も販路を広げながら展開させていける目途が立ち、私にとってはとてもありがたい企画でした。

25年1月~3月

協力隊2年目は、ここまで加工施設立ち上げに向けた活動がメインになっていましたが、年度末のタイミングで1つ新商品をリリースしました。

全国でも沼津市でしか栽培されていない希少な果物、「西浦レモネード」を使ったスパークリングドリンクです。

「Nishiura Lemonade non-alcoholic Sparkling」

ノンアルコールの最高峰」の新たなバリエーションとして、みかんスパークリングの販売先を中心に営業活動を実施しました。
1年前は訪問前からガチガチにド緊張してしまっていた営業活動ですが、いつの間にか自然体で営業トークができるようになっていることに気付いて、思わず嬉しくなった時期でもあります。

一方、物件のリノベーション工事の状況はというと、残置物撤去が終わり、内装のDIY工事に取り掛かり始めました。
DIYなんてやったことがなかったので、正直作業スピードはすごく遅かったですが…とにかく楽しかったですね。
空いている時間はずっとDIYをしていました。

壁に珪藻土を塗る私

協力隊3年目(25年4月~26年3月)

25年4月~6月

いよいよ協力隊3年目、スタートは会社設立からでした。
加工施設の立ち上げにあたっては、銀行融資、補助金申請、設備工事発注、営業許可取得など、地域おこし協力隊というよりは経営者という肩書きが必要になってきます。

そのため、協力隊を卒業する前から法人格を持つ判断をしました。
協力隊が任期中に法人を作るケースってあまり多くないので、市役所の担当者さんとはかなりの頻度で話し合いをして、問題点がないかを確認していました。

会社の名刺

無事に会社が設立できたところで、続いては設備投資の見積固めに着手。
保健所と話をしながら営業許可がもらえであろう工場レイアウトを固めていき、そのレイアウトに合わせて設備業者さんと何度も打ち合わせ。
できる限り投資金額を抑えられるように、最初予定していたものとは入れる設備をガラッと変えたりもしました。
そうして出てきた最終金額は、約1,000万円。私なりの大勝負でした。

見積金額が固まったところで、次は金融機関との融資相談
ここも一筋縄ではいかず、担当者さんと「この事業計画書なら大丈夫でしょう!」と自信を持って提出した信用保証協会の創業融資
提出から1ヶ月近くが経ち、なかなか結果の連絡が来ないなあ…と思っていた矢先、スマホに「すみません…審査に落ちてしまったみたいです…」と電話がかかってきた時は、誇張抜きで頭が真っ白になりましたね…。
最終的に資金調達自体はできましたが…お金絡みは本当に肝が冷えます。

実は保証協会の審査落ちと同じ時期に、工場の営業許可についても保健所内で最終的な稟議にかけてもらっていました。
清涼飲料水製造業」(ジュースなど)と「密封包装食品製造業」(ジャムなど)という2つの営業許可を取得することを考えていて、担当者さんとは「これなら問題ないと思いますよ~」を話していた内容で稟議に進んだのですが…。
蓋を開けてみると「1つの製造室内では1つの営業許可しか出せませんでした」という回答が。
1年かけて準備を重ねてきて、この最終回答…融資の審査落ちとのダブルパンチで、普通にちょっと泣きました。

…しかし、悲しんでいても何も始まらない。
清涼飲料水製造業のみ、営業許可を取得することに決めて、再度準備を進めていきました。

相変わらず、空いた時間はずっとDIYです。

協力隊仲間が手伝いに来てくれたりもしました

25年7月~9月

融資に落ちたり営業許可につまづいたりしたものの、25年7月から本格的に建物改修と設備投資が着工。
途中まではDIYでやりましたが、さすがにコンクリートやインフラ関係はプロにお任せです。

DIYの限界
プロの凄さを痛感

そして、8~9月は初めてのクラウドファンディングにも挑戦しました。
私はクラファンというものが信用をお金に換えているような気がして、なかなか実施する踏ん切りを付けられなかったのですが…。
周囲の方々から「クラファンやらないの?」と聞かれることが日に日に増えていって、背中を押されるような形でトライしてみました。

最終的な支援金額は約100万円
どうしても支援の呼びかけが性に合わず、クラファン界のセオリーである個人個人に支援のお願いを連絡することは最後までできず…というヘタレっぷりでしたが。
これだけの人が応援してくれているんだ、という実感がふつふつと湧いてきて。期待に応えたい、やってよかった!という気持ちになりました。

初めてのクラウドファンディング

25年10月~12月

7月に開始した建物改修&設備工事。
当初の予定では10月に完了予定でしたが…直前になって発注していた設備の1つが、年末年始あたりまで納品できないことが判明。
理由を深掘りするとやむを得ない事情だったため、設備納品の前倒しは不可能。
しかし、年末年始まで待っていると、加工施設の主力として考えていたみかんのシーズンに間に合わない…。

苦肉の策として、一時的に設備のデモ機をレンタル。
とりあえず図面上の設備は全て揃えて、保健所の営業許可を取得した上で、稼働開始後にデモ機と発注品を交換するスケジュールに変更しました。

1台の設備を除いて完成した工場内

当初想定していた通りには全く進みませんでしたが、なんとか11月末に保健所の営業許可を取得
12月から、清涼飲料水製造業の工場として本格稼働を開始しました。

26年1月~3月

協力隊期間も残り3か月。
卒業後の基盤を固めるために、この期間は完全に工場でのジュース加工に専念しました。

想定以上にOEM・委託加工の依頼が入ったこともあり、1~3月の累計で約7.5トンの原料をジュースに加工。
協力隊1年目にコンセプトとして掲げた、「”もったいない”をアップサイクルする」が大々的に実現できた瞬間でした。

果汁を加熱する回転釜

そして、この期間ずっと驚いていたのが、会社HPのお問い合わせフォームからの連絡が非常に多かったこと。
かつて私が感じた、ジュースやジャムの委託加工を受けてくれる製造元が存在しないという課題。
この課題がそのままネット上の検索結果に表れていて、「静岡 ジュース 委託加工」と調べると弊社がヒットするみたいなのです。

想像していた以上に、この地域は農作物の加工ができないことに困っていて、私が立ち上げた工場はその解決策になりうるのかもしれない。
最後はそんな期待感も持ちながら、私の地域おこし協力隊としての3年間が終わりました。

最後に

ここまで約6,000文字。
協力隊としてのメイン活動だけを書いてきましたが、他にも色々やってみた3年間でした。
テントサウナをやったり、海沿いの土地を買おうとしたり、パンと酵母についてかじってみたり、畑に苗木を植えてみたり…。
地域のイベントやお祭りにも色々と参加させていただきました。

今は、この経験を次の世代にも繋げていけたらいいな、という思いです。
静岡県は、現役協力隊とOBの関係がちょっと薄いような気がするので、その辺もなにかできたらいいよなあ。(とまだ思っているだけですが…)

最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

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